- 参謀の特長
- ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。
コラム
参謀 青木 永一
感情が壊す関係、理性が築く信頼 ~職場における成熟の条件~
目次
なぜ突然、あの人は態度を変えたのか?
社内の人間関係において、「昨日まで普通に話していたのに、突然態度が変わった。ひどい場合には避けられる」、そんな急転直下の空気を職場で味わったことはないでしょうか。
私は現場支援という立場上、ときに耳の痛い言葉を伝える役回りを担います。だからこそ、態度を急変させる人の場面に数え切れないほど立ち会ってきました。振り返ると、彼らにはある共通点が浮かび上がってきます。
本コラムでは、その観察と洞察をもとに、職場の関係性を壊すものと、それにどう向き合えばよいかについて考えていきます。
感情的と情熱的は似て非なるもの
職場における人間関係を成熟させるには、一方的な思い込みではなく、理性と情熱を持った双方向の対話が不可欠です。情熱は理性的な行動と共存しますが、感情はしばしばそれを妨げます。
「情熱的」とは相手を理解しようとする前向きな熱量のこと。一方、「感情的」とは喜怒哀楽が制御されずに表出する状態を指し、職場では不安定な判断や不信感を生む原因になりかねません。
怒り・妬み・被害妄想が噴き出した途端、対話は「勝つか負けるか」の土俵に落ちてしまいます。
感情を処理、自制できるかどうかが信頼を左右する
「怒りは放置すれば破壊衝動だが、鎮めて言語化すれば推進力になる」。
この言葉は、組織環境を無自覚に乱す人たちを観察するうちに湧き上がった気づきをメモに残したものです。会議後の廊下で、醜く表情をゆがめながら舌打ちすらはばからない姿 ──状況や人によってあからさまに態度を変える光景── を目にし、怒りの矛先を変える技術の必要性を痛感したため、あとで言語化しておきました。
怒りを原動力に変えるには、まず鎮め、言語化し、時間を置いて俯瞰する。その訓練と習慣が不可欠です。感情の内省と表現のコントロールこそが、成熟したコミュニケーションの鍵です。
特に怒りは、思考停止ではなく、内省と変換によって建設的なアクションに変える必要があります。だからこそ、感情を「外形化」するために書き出すことがとても有効です。
「外形化」のための有効な方法の一つに、(パソコンに向かって)感情を殴り書きすることがあります。誤字脱字を気にせず吐き出すと、気分は徐々に沈静化し、文章だけが冷静な素材として残ります。そこから、自分自身への提案、建設的なアクションへと転換させる。これら一連の行為をルーティン化すると、人知れず静かに感情を処理し、理性的に見える人物として評価を受ける確率は高まるかもしれません。
逆に危ういのは、悪口の類で“味方”を確保しようとする行為です。
同調してくれた相手は、その場こそ味方に見えますが、あなたを「感情を制御できない人」としても記憶するかもしれません。職場における評判は静かに損なわれ、距離を置かれる、そんな危険性があります。
理性を欠いた妄想は、関係をさらにこじらせる
事実確認を怠り、妄想や被害者意識だけで相手を裁く、そんな稚拙な態度が関係を壊します。
職務上の義務を果たしつつ、疑問点は理性的に問い、合意を取りにいく。議論の矢印は常に「課題」へ向け、決して「人格」へは向けない。これが大人の分別です。
妄想が肥大しはじめると、議論の舞台は「事実」ではなく「感情の正当化」へと移ります。そこではだれもが被害者であり加害者になり得るため、修復の糸口は見えにくくなります。
では、同じ感情エネルギーを“建設”へ振り向けるにはどうすればよいか。鍵になるのは、あえて理性という衣をまとい直し、職務上の対話を再起動させる技術です。
ここからは、その技術を体現するプロフェッショナルの条件を整理していきます。
プロフェッショナルとは“理性を装える大人”である
私は管理職として現場の組織マネジメントを請け負う際、スタッフに必ず二つの原則を伝えています。
1.人によって態度を変えないこと。
2.不満や不安は、言葉を整えて提案へ変えること。
まずこの土台を腹落ちさせたうえで、次のステップに進みます。
・不満は言葉を整えて提案に変える
・提案は具体性をもたせて企画にする
・企画に期日と成果を定義して計画にする
・計画を実行して成果をつくる
・成果を積み重ねて実績にする
・実績を重ねて信用を得る
これらは机上の理論ではなく、現場でキーボードに想いを打ち込み続ける中で掴んだ私自身の肌感覚です。上記のプロセスを踏むなかで感情は熱量へ転換され、理性は舵として機能します。できるかどうかではなく、演じてでもやる、そこにプロの矜持があると考えています。
おわりに
人によって態度を変えないこと。
これは信頼の源泉です。
そして、いつも理性と冷静さを意識的に保つ(演じる)ことは立派な自己管理です。それだけで周囲はあなたに安心感を覚えます。
仕事とは、“成熟した大人としての態度”を求められる場所です。感情的になって得をすることなど、特に職場においてはありません。
感情に支配されるか、感情を使いこなすか。成熟とはその分岐点に立つ覚悟を持つことからはじまります。怒りも妬みも、理性のフィルターを通せば情熱へと変換させられることを理解し、そのことを確信すれば、あなたの今後の信頼を築く礎になるのではないでしょうか。
理性は、感情の暴走を押さえつけるブレーキではなく、湧き立つ感情を正しい方向へ導く舵。そう捉えれば、組織の情熱はむしろ加速するはずです。
参謀学Lab.研究員 青木 永一