コラム

参謀 青木 永一

人手不足に悩む前に、今の従業員を守ることを考えてますか?

人手不足に悩む経営者の声を聞く機会が、最近では特に多くなってきました。

言わずもがな、労働力は完全に売り手市場と化しています。

 

小規模企業の場合は特に、人材の確保が難しくなっていますから、時代劇に等しい過去の成功体験を無意識的に拠り所とする悪しき風習を、企業側自らが積極的に陳腐化させなければ、お金と時間をかけて育てた既存の人材までも流出し、最悪は人手不足による倒産も十分に考えられることです。

 

新しい人材の確保が難しいならば、既存人材の流出を防ぐための取り組みに戦略的に着手することは経営者として当然の責務でしょう。

 

取り組みはなにも資金の支出が伴う手厚い福利厚生ばかりではありません。

日常業務の「在り方」と具体的な「行動」を見直し、より正しい環境を積極的に作り変えていくことが最優先されるべきでしょう。

 

今回は普段、現場で見過ごされがちな行為に潜む違法性が、人材流出につながるリスクについてお伝えしたいと思います。

 

作業現場は、倒産リスクの温床 !?

 

建設会社やシステム開発会社の作業現場などに特に多いと予想されますが、多くの協力企業が介在する共同作業の現場では、自社の従業員に対する指揮命令が雇用主以外、例えば元請け企業の現場監督や、その他の責任者から直接的かつ、常態的になされることはないでしょうか(人材派遣業の場合はこの限りではありません)。

 

上記のことが「ない」と言えない場合、常に経営の持続性が不確実性のリスクに晒されているのが小規模企業ですので、「知らなかった」では済まされない事態に陥る可能性があります。

 

従業員側からの損害賠償請求訴訟及び、責任回避を狙う元請け企業からの取引停止、そして社会的風評被害による受注減、さらには信用低下による銀行取引停止へと発展する可能性もあります。

 

「青天の霹靂」と言えるような事態は、事後ではもはや取り返しのつかないことのほうが多く、致命傷に至らないためにも、これから伝える以下のことを理解しておいてください。

 

 

現場での指揮命令の「何が」「なぜ」いけないのか

 

労働者を守る法律は多いですが、仕事の一部を請負い、従業員を作業現場に拘束させる環境下において、自社の従業員への指揮系統が多方面から入り乱れるような場合、小規模企業が理解しておきたい法務知識(職業安定法44条)について簡単に説明します。

 

職業安定法44条

 

(労働者供給事業の禁止) 

 

第44条

 

何人も、次条に規定する場合を除くほか、労働者供給事業を行い、又はその労働者供給事業を行う者から供給される労働者を自らの指揮命令の下に労働させてはならない。

 

※「次条に規定する場合」とは、労働組合等の無料の労働者供給を行う場合を指します。

 

まず簡潔に伝えると、元請企業との請負契約にかかる作業現場において、自社の従業員が自社の人材以外から指揮命令を受けることを法律は固く禁じています。

 

この法律の目的は、雇用主の責務が曖昧になることを回避し、従業員の安全を守ることです。

 

仮に請負契約にもかかわらず、自社の従業員への指揮命令が元請企業から行われていると、事実上の派遣業務、いわゆる「偽装請負」に該当すると判断され、重い処罰が課せられることがあります。

 

「現実的に、そのようなことでは現場はまわらない」などの意見は、一切考慮されないため、経営者はまず違法行為である事実を正しく理解してください。

 

現場内の行為は密室の行為とも言われ、本音と建て前が存在することもあるでしょう。

 

小規模企業ならばなおさら、取引先との関係において立場が弱いこともあり、杓子定規的な理解と行動では経営が成り立たないといった気持ちも個人的には理解できます。

 

ですが、これからますます人手不足になることが確実となる未来を見据えたときに、経営の舵取りについて考えるきっかけを掴んでいただきたいのです。

 

 

捨てるべき悪しき習慣と、取り組むべき最善の習慣

 

小規模企業の場合は、経営者の考え方と取り組み方次第で、柔軟かつ、即座に具体的に取り組むことが可能です。大企業ではなかなかそのようにはいきません。

 

それにもかかわらず、いまだにそのようなことがまかり通っている理由の一つとして考えられるのは、1990年中盤頃までの人口ボーナス期(人口構造が経済社会に良い影響を与えていた状況)を背景にした、マネジメント層の成功体験と利益至上主義ではないかと考えています。

 

人手不足とは無縁だった時代は終わりました。そう頭では理解していながらも「今」ではないだろうという危機感に疎い考え方から抜け出せないのは、昨日までの連続で未来を考える惰性的な思考が生み出す行動と商慣行が原因ではないでしょうか。

 

1990年代後半から、既に人口オーナス期(人口構造が経済社会に負荷を与える状況)に突入しています。

 

団塊の世代の介護は、そのジュニア世代に時間的制約や経済的負担を迫り、これまでのような企業への従属の在り方は物理的にも無理となっていくことでしょう。

 

若者たちの世代の至っては、未来の環境が良くなる期待などなく、賢明な者は自分の社会的価値をさらに高めるためにスキルを磨き、自分にとってより良い環境を与えてくれる企業を取捨選択し続け、一つの企業にとどまり続けることは余程でない限りないと思います。

 

事情は変わり、従業員側も働いている企業の都合や方針によって自分の生き方が左右されることから脱却するために、勇気ある提訴と当然の主張によって悪質な企業を排除しようと、企業側に大きな信用リスクを与え、結果的に倒産にまで追い込む例もあります。

 

惰性を背景にした経験と勘は、業界を取り巻く環境が右肩上がりもしくは、変化することがない場合に有効に働きますが、そうでない場合は、まったく通用しないどころか、反作用を生み出します。

 

今後はより一層、正しい経営であることが個人からも社会からも強く求められることは間違いありません。

 

では、何をどのように取り組めば良いのか。

 

これについては唯一の解は存在しませんが、元請け企業と従業員との良好な関係を持続させるため、定期的に事情と考えを示し合い、相互理解を得るための具体的な行動をスケジュールすることは必要でしょう。

 

そして、小規模企業にとって相応しい意義(物語性)のある「コンプライアンス(法令順守)」を備えることが、私はとても重要になると考えています。

 

この点については次回に予定している、「小規模企業にとっての『コンプライアンス』の備え方(仮タイトル)」について、引き続きお伝えさせていただきたいと思います。

 

 

おわりに

 

人手が足らない状況は、今後ますます拡大していきます。

備えのために、これまでの惰性ではなく覚悟をもって積極的に正しい経営を行い、新しい人材と既存の人材の両方から選ばれる条件を、経営者は自らの決断で作り込んでいかなければなりません。

 

「取り組めない」様々な事情はあると思います。

 

ですが、経営の主体性と持続性を保つためには、この岐路においていずれを選択するのかについて考えるのが経営判断です。

 

一朝一夕で無理なことは理解しています。

 

ならば、今からじっくりと取り組み始めることが賢明な経営者としての「在り方」「行動」ではないでしょうか。

 

 

参謀 青木 永一

 

 

 

このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。