- 参謀の特長
- 人事系の業務全般を網羅。特に採用・人材育成に関する経験が豊富である。自らの経験と経営学を学んだ視点を活かし、経営戦略と人材マネジメントの高い次元での整合を目指す。
コラム
参謀 浅井 貴之
日本的労働慣行を問い直す
目次
はじめに
高度経済成長期以降、日本には“三種の神器”と呼ばれた労働慣行があります。
ジェームズ・アベグレンという経営学者が提唱した「終身雇用」「年功賃金」「企業別組合」の三つを指します。個力よりも組織力が求められていた高度経済成長期に、それぞれが複雑に絡み合って機能し、日本企業の躍進を支えました。
それから半世紀以上が経ち、労働環境や市場の様々な変化によって“三種の神器”は時代に合わなくなったと言われるようになり、徐々に崩れつつあるようにも感じますが、多くの企業では今もなお暗黙の前提として経営者を縛っているのではないでしょうか。
今回は、“三種の神器”がどのように時代と合わなくなってきているのか、考察したいと思います。
企業別組合は意味合いが薄れつつある
労働組合の結成は、法的に認められた労働者の権利です。憲法28条に労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)として整理され、さらに、労働組合法においてより詳細な手続きや権利が明文化されています。
一般的に、使用者(経営層)と労働者は賃金や労働力などをトレードしてはいるものの、雇用する側とされる側の力関係は、どうしても対等にはなり得ません。この関係性をできるだけ対等に近づけるために労働者の権利を保護することが、労働三権の目的です。
この権利は「企業別組合」だけを指すものではありません。企業を超えた労働者保護を目的とするユニオンなども含まれています。
過去には企業別組合がベアや処遇改善を求めてストライキを起こすこともありましたが、そういった事例はずいぶん少なくなりました。逆に、企業が社員の「心理的安全性」を重視するようになり、企業側が積極的に労働者と良好なコミュニケーションをとる姿勢をみせるようになった印象さえあります。
一方で、企業内の交渉では決着しない賃金未払いや過重労働、不当解雇などのトラブルは後を絶たず、個人加入可能なユニオンが存在感を増している印象です。
もともと企業別組合には企業側の思いを従業員に広く周知する役割もありましたが、本来の目的である労働者保護のための団体交渉や団体行動が形骸化しているならば、労使ともに積極的に企業別組合を活用する必要性は薄いと言えるでしょう。特に、従業員全員に経営層の目が届きやすい中小企業であればなおさらです。
ちなみに、近年、労働組合の数は減少傾向にあります。企業数の減少が要因として大きいと推察します。
(参考①:厚生労働省「労働組合基礎調査」、https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/roushi/kiso/19/index.html、2020年1月8日最終検索)
(参考②:総務省統計局「日本の統計」、https://www.stat.go.jp/data/nihon/07.html、2020年1月8日最終検索)
企業も労働者も、終身雇用に縛られる必要はない
次に「終身雇用」ですが、これは無期雇用契約と解雇権濫用法理による、定年退職を前提とした仕組みであると言えます。日本はずっと、政策として雇用の安定を単独の企業に求めてきました。企業としては労働力を確保できる反面、簡単にはやめさせることができませんでした。社員からしても一つの企業を定年まで勤めあげることで、退職後も十分な企業年金を受け取れます。就職というより就社のほうがイメージとしては近いかもしれません。
しかし今日、企業の存続自体が絶対ではなくなりつつあります。2019年に、トヨタ自動車の豊田章男社長が「終身雇用は難しい」と述べたことが象徴的でしょう。
社員の雇用を守り続けた結果、ノウハウが偏ってしまい新規事業の立ち上げが難しくなったり、賃金がキャッシュフローを圧迫したりする可能性もあります。また、労働者の意識も徐々に本当の意味での就職を志向するように変わってきました。安定的に一社で勤めることよりも、自分のキャリアをどう描くかを重要視する人は確実に増えています。
優秀な人材には長く勤めてもらいたいところですし、従業員の雇用を守るという目標はとても価値あるものと思いますが、盲目的に追い求めるものではなくなってきていることは間違いありません。
年功賃金に対する納得感は低い
「年功賃金」は新卒一括採用と職能給制度によって生まれた概念です。
職能給制度とは、能力の上昇に応じて昇給する仕組みですが、「経験年数に応じて能力は上がる」という前提に基づいているため、結果的に年齢に合わせて給与が漸増します。当然、業務経験ゼロの新卒採用の新入社員が最も低く、右肩上がりに給与が上がる構図になります。将来的な給与もイメージしやすく、やがて高給になることを夢見た若手の頑張りを促す仕組みでもありました。
勘や経験だけでは最適解が見つけられない昨今、「経験年数に応じて能力は上がる」という前提自体が適切ではなくなりました。また、先に述べたように終身雇用が担保されない状況になれば、将来の雇用が保障されないわけですから、なおのこと若い人が低賃金に納得する理由がなくなります。
経営戦略や事業運営にダイレクトに活きる能力があれば、年齢に関係なく高い賃金が支払われる、そんな時代になってきたのではないでしょうか。
まとめ
高度経済成長期に日本の躍進を支えた“三種の神器”について、今日的な見方で考えてみました。
三種の神器のすべてが否定されるわけではありませんが、アベグレンが提唱した頃とは事業環境がまったく違うわけですから、どんな企業でありたいか、そのためにどんな制度が必要かを吟味し、過去の常識や思い込みにとらわれずに設計することが必要です。