コラム

参謀 青木 永一

小規模な店舗は〇〇を捨ててこそ「なじみ」のお店として選ばれる!?

私の住む大阪は、俗に「食い倒れの街」とも呼ばれ、旨くて安いお店が多く点在しています。

 

テレビには決して登場することのない、地元民に長年親しまれている馴染みの店をどれだけ知っているか、どれだけそのお店でお金を使ってきたか、そんな他愛もない話で盛り上がったことのある大阪人も少なくないと思います。

 

食への散財を意味する「食い倒れ」そのものです。

 

おちょぼ口で食べるお上品な「美味しい」もいいのですが、庶民の街大阪ならではの、安い値段の割には「絶妙に旨い」が、土地柄に合っているのではないかと思います。また、どれだけ安く買えたかを自慢することも大阪の特徴のひとつで、主婦にとっては、暮らしやすい街ではないでしょうか。ともすれば「店側に損をさせたぞ」とうそぶく、お客側としてのプロ根性が窺(うかが)えたりすることも、大阪独特の実に愛おしい個性ではないかとも考えています。

 

この食い倒れと、お客側のプロ根性の話ですが、実はここに商売の神髄があるのではないかと思うのです。

 

説明するまでもなく、お店側がみすみす損をすることなどあろうはずがありません。お店のご主人は、長年培った洞察力で目を光らせて、お客の顔色や声音の変化を察知しながら、巧みに相手を「勘違いの勝利」へと誘導しているに違いありません。

 

「お店側に損をさせてやった」と勘違いする、お客側の心境はもちろん「得した」の気持ちよさであり、お店側とお客側との絶妙なコミュニケーションともいえるでしょう。

 

双方どちらも、実は少しの不満がありながら心地よいやりとりで終えられていること、これを大阪的なWin-Winの関係と呼ぶのかも知れません。

 

馴染みのお店として選ばれるための条件

 

さて、ここからは「食い倒れ」にちなんで、飲食店に絞って話を進めたいと思います。持ち帰り型のお店ではなく、ごく一般的な飲食店と考えてもらえれば結構です。

 

少し考えてもらいたいのですが、ベッドタウンにある小さなお店と、市内中心地にあるお洒落なお店とでは、どちらの方が長年続いているお店が多いでしょうか。

 

ベッドタウンと市内中心地との比較は、あくまでもわかりやすい例であり、伝えたいことは「馴染みのお店とは、どのような特徴があるのか」です。当然に、馴染みとなるためにはそれだけの歴史が必要であり、多くのお客に支えられている基盤、安定が備わっている必要があります。

 

 

一時の流行りに翻弄されず、安定的に選ばれ続けるためには最低条件のサービスである「美味しい」や「旨い」をウリにすることは、商売人としての芸は感じられないと言えば乱暴でしょうか。

 

漫才や落語でも、滑舌の良さやセリフを噛まないことはウリにならないのと同じです。その前提のなかで、最高の面白さについて考え、仕掛け、演じることを芸と呼ぶのだと思います。

 

極端ですが「旨い」よりも「クソまずい」をウリにする方がよほど芸達者であるようにも思えます。

 

ただしこの場合は、間違いなく短命に終わりますが。

 

飲食店が、味をウリにするのは、お客側の求める価値を「美味しい」や「旨い」が第一だと勘違いしているからであり、乱立するお店の巡回で舌が肥え続け、浮気性で飽きっぽいお客側に振り回されないためには、馴染みとなる理由の奥側を理解することが必要であり、それが経営の醍醐味です。

 

馴染みのお店とは、言うならば「居場所」であり、そこに通うお客は「心地よさ」に触れるために来店しているものです。それは、記憶の奥底の風景と重なる懐かしさや、心地よい雑音、責任とは無関係な干渉をし合わない人の存在、店主の人柄による楽しさなど五感すべてを使って「心地よさ」を感じているのですが、お客自身がそのことを明確に意識することなく来店を重ねていることを理解する必要があります。

 

わずかばかりの「しがらみ」さえ「心地よさ」に一役買っているかも知れません。

 

この点において、飲食店は「空間デザイン型ビジネス」とも言えそうです。

 

現代では、好みは別としてどこのお店も一定の味は保証されています。冷凍食品でさえ、少しの加工を施すことで有名店の味と間違えることも不思議ではない時代です。

 

お客が気付かない隠し味への追及を重ねること、このこと自体は技であるため磨けばよいと思いますが、お客の求める真の価値を満たさずして、独り善がり的に技を磨くことは商売としてはやや滑稽ではないでしょうか。

 

味については「目的」ではなく、長年通い続けるための一つの「条件」にしか過ぎません。一度行って美味しかったけど、その後は久しく行ってないお店がどれほど多いかは、誰もが身に覚えがあるものでしょう。それよりも、長年通い続けてもらえる馴染みのお店となる方が、お店側にとってもお客側にとっても安定的な基盤となることは理解していただけることと思います。

 

お店側とて、一度きりを求めているわけではないことは理解しています。どこのお店も、なんとか馴染みになってもらえるように日々努力を重ねていることでしょう。

 

 

 

お店側の「勝ち」は「価値」にならない

 

心地よさを創り出すための基本的な考え方は、どのように「お客側に勝たせるか」を考えることではないでしょうか。お店側の圧倒的勝利、そしてマニュアル対応の極みとも言えることですが、お客側が話で盛り上がっている最中に、従業員が話を遮ってまで提供物の説明をすることなどは言語道断です。

 

お客がお店に入って、待って、座って、注文して、運ばれてきて、食べて、和んで、お会計をして出ていくまでの一連の流れ全てにおいて、お店の色に見合った方法で、お客側が勝つための演出をデザインしているお店は、安定的に選ばれ続ける確率が高いはずです。

 

あくまでも、自店にとっての「お客は誰か」について深く考え、定めたうえでの話です。来店してくれるすべてのお客の趣味趣向、好みに対して対応を考えることは不可能ですし、やる必要もありません。

 

飲食店を経営する皆さんにおいては、今一度自分がお客側の立場を極める姿勢を持つことをお勧めしたいと思います。どうすればお客側に、無意識的な「勝ち」を感じてもらえるのか。

 

初心に立ち返るとは、開店当初の志を忘れないことの意味もありますが、それよりも優先したいことは、自分がお客ならばどう感じるのか、実際に利用されたお客はどのように感じているのか、これらの問いを持つ姿勢を忘れないことだと思います。

この点において、大阪人は非常に参考になるはずです。

お客側のプロ根性、いらないものをいらないと淀(よど)みなく伝える姿勢や、だめなものをだめと憚(はばか)りなく伝える溢(あふ)れすぎた勇気に倣(なら)うべきです。

 

お店側の一方的な押し付けで勘違いに気付かないまま息の短い選ばれ方で朽ち果てるか、お客のプロから「ホンネ」を聞き出し、学び直す姿勢でお客を巻き込んで勝つのか、その選択肢はお店側の手の中にあります。

 

 

おわりに

食い倒れというのは、それなりの理由と価値があるから食に散財してまで倒れるのでしょう。

 

大阪は商売の街であり、とても手厳しい客のプロが存在します。あなたのお店は、お客側が食い倒れるに値するかどうか。

 

強いものが勝ち残るのではなく、お客から選ばれ続け残ったものが強いということを理解し、お店の経営に役立てて頂ければ幸いです。

 

参謀 青木 永一

このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。
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