コラム

参謀 青木 永一

リーダー必見!他人の現場が見えない人の「現場」と叫ぶ声が組織の分断を生む

「現場では、そのようなものは通用しない」

「現場を見てから言ってもらいたい」

「現場を理解しているのは、私のほうだ」

 

このような言葉をどこかで見聞きしたり、自分が言ったりしたことってありませんか?

 

組織でリーダーを担うならば、上述したような言葉にはくれぐれも気を付けたいものです。

 

今回は、他人の現場が見えない人の「現場」と叫ぶ声がもたらす組織の分断の危険性を、事例を用いてご紹介したいと思います。

 

叫ぶ人

 

 

はじめに

 

「事件は会議室で起きているんじゃないっ、現場で起きてるんだっ!」

 

以前、何かの映画の台詞にもあったことを記憶されている方も多いのではないでしょうか。

 

勇ましく、そしてひたむきな主人公の台詞に、私も感化されたことを懐かしく思います。

 

しかし、

映画の中の台詞は、滑稽な上層部に向けたものであり、私が伝えたい内容とは少し趣旨が異なります。

 

 

「現場」は真摯に働く人の数だけあるもの

 

さて、

冒頭の言葉は、小さな企業の工場主任から私がよく耳にしていたものです。件(くだん)の映画ほどではありませんが、この話も随分と以前のもので、2016年頃の話です。

 

「現場では、そのようなことは云々(うんぬん)」

 

なるほど。

確かにこちら側の置かれた状況を一切知ろうとせずに、勝手な都合を一方的に押し付ける意見に対しては腹立たしさも生じるでしょう。ただし、このような場面でも「現場では」という言葉を盾にすることに違和感を覚えます。無防備に映画に感化されていた頃ならば、「現場では」の言葉に従順に頷いていたのかもしれません。

 

しかし、

『現場』というものは、真摯に働く人の数だけあるものです。そのことを自覚せずに、自分の関わる現場だけが唯一神聖な『現場』だと思い込むのは、少々乱暴であり、想像力の欠如とも言えます。

 

工場主任の頑固さに、同じ場所で働く工場の他の従業員たちもどのような言葉を返すべきか、どのように対応することが最善なのかを考えあぐね、そろそろ限界の様子が窺えました。

 

この様子だと、私のような外部の者が工場主任本人と向き合い、誠心誠意言葉をもって伝えたとしてもきっと納得はしてもらえないだろうと思い、社長に同意をいただいたうえで設備の入れ替えに伴う借入契約の『現場』、すなわち銀行の別室に工場主任を同伴させてみることにしました。

 

 

数日後、銀行の別室にて

 

銀行の担当者との簡単な打ち合わせのあと、金銭消費貸借契約書(借用書)の連帯保証人の欄に社長個人の署名と押印を済ませ、その他多くの関連書類にも同じく署名と押印、そして既存債務の残債と支払い計画の確認などを行いました。

 

その様子を、少し居心地が悪そうにしながらもじっと眺めていた工場主任に、私が横から真剣な声音で「借用書の社長の下の欄に、工場主任の署名と印鑑を押すんですよ」と伝えたところ、少し緊張していたためか、「えっ、何も聞いてませんよ」と驚いた様子でしたが、すぐに冗談であることを伝え、その場を無事に終えました。

 

帰社後、工場主任と会社近くの珈琲店に出向き、私と二人で向かい合い、「今日の件、これも〇〇社長のいくつもある『現場』のうちの一つですよね」と、これから話したい内容の布石を打ち、少し間を置きました。

 

そして、私が銀行で工場主任の横から伝えた冗談に対して焦った様子のことや、他の雑談を踏まえた後に少し姿勢を正してから、「主任、口癖のようにあちこちで『現場ではこんなもの通じない』などと言われているようですが、それって誰にとっての『現場』で、どのような意図をもった台詞なのですか?」と、単刀直入に質問してみました。

 

これまで私と二人で珈琲店に行ったことなどないため、誘われたときから主任は何かを察していたのだと思います。よほど鈍感でない限り、そうなるものと思います。となると、軽はずみな言い訳を並べることは憚(はばか)られるもので、少し沈黙が続きました。

 

畳み掛けるつもりはありませんでしたが、沈黙が続いていたので「社内の人たちだけに想像力を馳せても、それぞれの持ち場での『現場』はありますし、実際にモノを作っている『作業場』も確かに『現場』ですが、特に今日のように社長が借り入れをするための場面、経営のリアルな『現場』などは、これまで知らなかったのではないですか?」と(話の大部分を端折っています)。

 

さすがにここまで話すと、私の意図もしっかりと理解していただいた様子で、自分のこれまでの発言に対して「作業現場でモノをつくる際の細かいこだわりと納期に対する責任、懸命に働く工場スタッフたちへの偏愛が行き過ぎたこと、そのために周囲が見えていなかった結果ですね」と、素直に反省されていました。

 

責任感と愛情が深いゆえに、まだまだ成長する余力を持った方だと感じ入ったことを今でも憶えています。会社にとっても必要な方に違いありません。

 

その後、フォローの意味を込めて最後に、「製品を作っている『現場』は、『現場』と呼ぶには一番似つかわしい場所だとは思います」と伝えましたが、もはや不要だったと思います。

 

話し合い

 

 

他の部署を作業レベルで理解すれば、自分以外の「現場」が必ず見える

 

午後からは、せっかくの機会でしたので残りの勤務時間を使って経理担当者の横に座っていただき、経理の仕事の一部を手伝ってもらいました。

 

仕訳では簡易な経費レベルのものをパソコンに入力していただき、それ以外では取引先から送られてくる伝票の整理と現金残高のチェックなど、途中の休憩についても担当者の方と一緒に取っていただきました。

 

さすが工場主任、教えられたことを愚直に行い、手際よく作業を一つ一つ完了させながら経理担当者とも話が弾んでいた様子でした。

 

身をもって理解しようと努め、順応する姿勢と笑顔を保つことは、リーダーの必須条件でもあります。

 

 

ちなみにですが、

今回お話ししている実験は、事前に工場主任が工場に不在となることを他のスタッフには事前に伝えたうえでのことです。仮に工場主任が、自分の持ち場に自分が不在でも『現場』が回る事実をマイナスに想像しかねないリスクを排除しています。

 

 

おわりに

 

『現場』というものは、自分の目の前の持ち場だけのことではありません。真摯に働く人たちの数だけ存在し、それぞれの苦悩や葛藤、喜びなどの物語がある場所です。

 

自分の想像力が欠如した言葉や態度によって他人が犠牲になることは、とてもバカげた話であり、分断を生み出す危険性が非常に高いです。

 

リーダーたる者、「分断」ではなく「統合」を心がけることが、最低条件ではないでしょうか。

 

参謀 青木 永一

 


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このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。