コラム

参謀 青木 永一

経営者は孤独? 一人で経営をしないための環境づくりをサボってませんか?

私がこれまで、事業再生及び経営資源強化の支援で関わった企業の出自は、代表者が過去に勤めた企業で身につけた技術など、自分にできることを起点に起業したケースが90%以上を占めます。

 

不動産屋に勤めていたので不動産業を、美容室に勤めていたので美容室を、製造業に勤めていたので製造業を、このような経緯で独立開業されることがほとんどであることはご理解しやすいと思います。実家の家業を継ぐことになったとか、友人の起業を支えることになったなどのケースもありますが、ごく稀です。

 

それまでの経験を生かした起業は、そこに市場があれば競争環境が一層助長されますし、そのことによりサービスが向上するならば、利用者としてはとても喜ばしいことです。

 

ただ、起業当初から継続させてきた今日まで、目の前の現場のことを誰よりも考え、現場を回し続けてきた成功体験とその自負があるためか、たとえば戦略や人事設計など、もう一段高い階層の課題を考えることが苦手、または後手に回ることが多く、この点がとても残念に思えて仕方がありません。

 

日々、忙しさに追われる現状を鑑みると、「今は時間が割けない」と仰る実情も理解はできます。しかし、後回しにしたツケが経営の持続性に赤信号を点滅させたときには「打ち手の選択肢がごくわずか」といった場面も散見され、最悪の場合、築き上げた財産を手放すだけでは補えない損失を被ることにもなりかねません。

 

このような、「経営を殺してしまった元経営者」と呼ばれる方の思考と行動の王道パターンを理解し、さっそく明日から取り組める備えのためのヒントをお伝えしたいと思います。

 

 

小規模企業の倒産の実情と備えるための条件

 

日本全国の総企業数は約400万社を超えるともいわれ、そのうち99%以上を中小企業が占めます。数のうえで、これだけ中小企業が占めるので、当然に倒産件数も中小企業が多いことは容易に推測できますが、果たして中規模企業と小規模企業の割合の差がどれほどなのか、その傾向を含めた情報がないか調べたところ、ありました。

 

下のグラフは、『企業規模別倒産件数の推移』です(2021年中小企業白書より抜粋)。

 

倒産の推移

 

ご覧のとおり、倒産件数はいずれの年代においても小規模企業(青色)の割合が大部分を占め、その推移もたいして変化がありません。一方で、中規模企業(オレンジ色)の倒産は明らかに減少しており、大企業(ピンク色)に至っては識別すらできません。

 

この事実は、経済環境の悪さだけでは説明できない、経営体質の明らかな差を浮き彫りにするものではないでしょうか。もちろん、他の指標とともに詳細に中身を分析する必要はあります。しかし、私が中小企業白書の中身を見たかぎりでは、小規模企業の経営体質の脆弱性を擁護できる内容は何一つ見つけることができませんでした。

 

小規模企業にとっては、この事実をどう捉え、どのように活かすかが未来の経営体質の差を生むと思います。

 

 

確証バイアスの罠と処方箋

 

外部環境の変化が、自分の身の回りでは感じられないことを「確証バイアス」と言います。

確証バイアス(かくしょうバイアス、英: confirmation bias)とは、認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のことです(Wikipediaより抜粋)。

 

この確証バイアスを生じさせないための対策ですが、個人的に参考になると思う、ある経営者との実際の会話の一部をご紹介させていただきます。

 

青木さん、私が意識的に気を付けているのは日次、それから月次結果の数字と業界の情報などを悲観的に結び付けて、これはきっとこうなるんちゃうか、あぁなるんちゃうか、そんなことを頭の中で済ませるんじゃなくて、実際に言葉にしながらメモに取って、そのことをうちの社員と話し合うんです。

営業利益率が下がった場合なんかは、その理由を悲観的に考えて、いくつかの数えられる程度ですが備えの打ち手を考えるようにしてます。難しいもんと違うんです。ほんとに小さいことです。具体的な、手始めに取り掛かれる程度のもんでいいんです。まだ誰もわからん、予想した未来への備えのことなんでね。これは、私の人間としての器が小さいことが原因やと思うんですが、業績が良くても悪くても怖いんです。情けない話です……

 

その後続いて、

実際に、死ぬ恐怖と直面したからやと思います。

まだ会社を興して20年ほどですが、自分の経営が下手くそなばかりに、継続させてきた今日まで本当にしんどいことばかりでした。経営にセンスってものがあるならば、間違いなくゼロって評価を受けるでしょうね。これはもうあかんかもな……そんなことを思ったのは、これまで2度や3度じゃ足りませんから。でも、今思うと実は『あの時』が一番自分が鍛えられたんやと思えると同時に、経営への怖れとか自分に相応しい経営のやり方やあり方、そんなことを考えはじめるようになったのも事実です。

 

いかがですか?

会話の中にあった「あの時」のことについては、ここでは詳しく説明しませんが、私の知る限りにおいても代表が積み上げてきた実績や地位、財産の多くを理不尽な形で失われた出来事です。

 

この他にも、たくさんの示唆に富む話をしていただいたのですが、文字数の都合上ここまでとさせてください。

 

ご紹介した中で、個人的にとても参考になると思ったのは、悲観的なシナリオを一人で抱え込まず、他者を巻き込み協力を仰いでいること、すなわち「一人で経営をしないルーティン化への取り組み」です。このことは、私が提唱する「経営に参謀を据える」にも通じるものであり、とても共感しました。もちろん、経営の意思決定において最終的な決断は社長一人に委ねられます。しかし、自分一人の判断に依る意思決定の危険と、対応力のバリエーションの限界を身をもって痛感されたのだと思います。

 

さらに、メモに取った悲観的シナリオを社員とどのように話し合うのか、その様子についてご質問したところ、

 

わかりやすく言うと、連想ゲームみたいなもんです。お互いに共通の会話でキャッチボールを繰り返していると、イメージがどんどん色味を帯びて絵が動き始めるんです。そんな問題提起のような会話のキャッチボールをしてると、選択するべき対応の答えが定まってきよるんです。これからさっそく取り組んだほうがいいと思う未然防止策とか、興味深いアイデアがお互いの会話の中でパッと浮かぶことも多いんですよ。そこで終わらせずに、実際に形にするため、具体的にスケジュールにまで落とし込むようにしています。

社員は、私の考えとはまた違った視点で補足してくれるので、とても頼もしく感じますし、これがまた楽しいんですよ。

 

とのことでした。

 

確証バイアスへの対策は、精神性だけに頼らないことです。そのためには、先に述べた「一人で経営を行わないこと、そしてそのための仕組みをつくること」がとても重要になります。その実現のためには、制度の設計と制度開始のための告知など、準備期間を設け、周知させることがはじめの一歩になります。さらに、運用によって制度が浸透することから相応の期間を要すことを事前に想定し、定期的な確認と見直しをルーティン化させ、他の誰よりも代表者自身が制度の従者になることが求められます。このときに、代表者が自分だけの精神性に頼らず、仕組みとして他者と共に行い、さらに日常の業務に取り込んでしまうことが制度を継続、浸透させるには有効です。

 

協力

 

「経営者は孤独だ」とする主張、それって……

 

経営者の皆さんは、どのような理想を描いて経営者になりましたか。また、描いた理想のために日々どのようなメンテナンスを行っていますか?

 

喩(たと)えが適切かわかりませんが、現役で活躍しているアスリートでさえ、いや、むしろアスリートだからこそ最高のパフォーマンスが発揮できる確率を高めるため、専属コーチをはじめとする外部の視点やマネジメントを積極的に取り入れています。

 

すなわち、精神性だけに頼らない、具体的な環境づくりへの投資です。

 

独力と我流だけで、高いパフォーマンスを維持させることがいかに難しいか、そのことをこれまでの不本意に終わった結果から「怖れ」として理解されているのだと思います。

 

経営に置き換えて考えると、マネジメント不在の経営は「集団さら回し」状態のカオスと、「経営の泥船化」に至らしめる可能性が高くなることを理解し、経営を殺しかねない怖れを持つことです。そして、最善の意思決定、すなわちパフォーマンスを高めるための環境づくりへの投資を積極的に行うことです。

独りよがりな経営は、取引先や従業員の生活までを破壊しかねません。

 

「経営者は孤独だ」と主張する前に、そうならないための環境づくりをサボっていませんか?

 

この問いが、経営者の皆さんにとって「より良い経営環境づくり」のきっかけになれば幸いです。

 

参謀 青木 永一


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このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。