コラム

参謀 青木 永一

聞いて終わる人と行動する人の圧倒的な時間の差と、追いつくためのたった1つの方法

はじめに

 

百聞は一見に如かず

故事成語 出典「漢書―趙充国伝」

 

要は、聞くと見るとは大違いということですが、実はこの故事成語には続きがあることをご存じでしょうか。

 

百聞は一見にしかず

 

続きは、

百見は一考にしかず

百考は一行にしかず

 

一段ごとに、実態のない思考に偏り過ぎない、具体的な行動とのバランス、つまり「わかる」から「できる」までのプロセスに言及した故事成語なのかもしれません。

 

今回は、この故事成語に「算数」をコラボさせることで、その差の深遠さを数字で表現してみたいと思います。

 

時間

 

故事成語を算数とコラボさせて考えてみる

 

まずはじめに、お題として挙げた故事成語を「数字」と「不等式」を使って表現することから始めます。

100聞<1見

100見<1考

100考<1行

 

このような表現になることに異論はないと思います。

 

説明をシンプルにするため、便宜上、不等式(<)を等式(=)に置きかえます。

100聞=1見

100見=1考

100考=1行

 

 

さて、ここからが本題です。

これらの関係を、さらに算数的な表現に変換します。

 

100聞を基準にして、1考までのすべてを一列の等式(=)で表すと以下のように表せます。

100聞=1見=0.01考=0.0001行

 

 

「聞」「見」「考」「行」の文字は、「mm」「cm」「m」などの『単位』と捉え、下の関係性と同様に考えてください。

10㎜=1cm=0.01m=0.00001km

 

 

話を戻します。

100聞=1見=0.01考=0.0001行

 

 

このままでは、なかなか小数点がややこしいので、整数に変換しましょう。

 

最小値、0.0001行を1にするため、すべて1万倍(×10000)します。

  • 100聞×10,000=1,000,000聞
  • 1見×10,000=10,000見
  • 0.01考×10,000=100考
  • 0.0001行×10,000=1行

 

まとめると、

1,000,000聞=10,000見=100考=1行

 

これですべてが整数となりました。

桁数は増えましたが、小数点の状態のままと比較するとスッキリしました。

 

すべてが等式(=)で一列に並んだということは、つまり、

1,000,000聞=1行

 

であるということです。

 

以上で等式の関係は明確になりました。

 

まだ終わりません。

 

ここまでの説明をご理解いただけたことを踏まえ、次に単位に注目します。

 

100聞の「聞」は、講座などの「座学」と考えてください。

 

つまり、

「百聞は一見に如かず」は、「100回の座学よりも、1回実際に目で見て確かめることにはかなわない」と翻訳されます。

 

では、

1回のセミナーを60分と仮定した場合、「1,000,000聞=1行」の時間的な関係をどのように表せるか計算してみると、

 

1,000,000聞×60分=60,000,000分(六千万分)

 

単位を変えた等式で表すと、

60,000,000分聞=1行

 

となります。

 

一体、どれだけの量なのか理解しづらいので、分を時間に変換してみましょう。

60,000,000÷60分=1,000,000時間(百万時間)

 

これでも、さっぱりわかりませんよね。

 

では、日数に変換してみましょう。

1,000,000時間÷24時間≒41,600日

 

これでもまだ理解できません。

 

さらに、年数に変換してみます。

41,600日÷365日≒114年

 

ここまでくると、おぼろげながらもイメージできるのではないでしょうか。

 

しかし、実感しづらい、途方もない数字だと思います。

 

百聞は一見にしかず

百見は一考にしかず

百考は一行にしかず

 

聞くだけで終わる人と、行動する人の時間的な差、114年。

 

これは、長寿大国日本でも、特に長生きする人の一生分の時間です。

 

ちなみにですが、これは1単位60分と仮定した計算であり、120分の場合だと倍の数字になります。さらに、休憩は疎か、睡眠も取らずにぶっ通しで聞き続けた場合であることを忘れないでください。

 

ぶっ通し

 

途方もない差に追いつくためのたった1つの方法

 

行動する人としない人の差が114年と言われると、絶望するしかない、平均的な人の一生分を優に超える差ですが、実はタイムマシーンがなくても追いつく方法がたった1つだけあります。

 

それは、小さな一歩を踏み出すことです。

 

「へっ?そんなこと?」と拍子抜けしたのではないでしょうか。

 

拍子抜けするような、「そんなこと」なんです。

 

はじめるタイミングは、競争ではないため人それぞれです。

そのため、先ほどまでの計算では、はじめるタイミングは考慮されていません。ゆえに、一歩を踏み出したその瞬間に追いつくことができ、それが「何かをはじめるのに、遅いということは決してない」と言われる所以なのでしょう。

 

ただし、「いつでも」が仇となり、「いつまでも」やらない人が少なくないから、このような類の話が後を絶ちません。

 

人の一生を旅に喩えたとき、「旅の恥はかき捨て」は、先人が残してくれた力強い励ましのメッセージと捉えることができます。

 

人は死の直前に、「なぜ、あのとき〇〇をやらなかったのか……」と、やったことの後悔よりも、やらなかったことの後悔をすると言います。その理由も、このように「行動する人としない人の差」を数字で表現すると、ある意味、納得できませんか?

 

何でもかんでも、無謀な行動、挑戦、恥をかくことが良いとはまったく思いません。人それぞれの諸事情や向き不向き、タイミングがあるので、それらを踏まえてしかるべきタイミングと方法で適切に行動することが賢明だと思います。

 

このように、数字を使って考えると、その深遠さが理解できることを「数字遊び」でお伝えしたまでです。

 

とはいえ、やはり具体的に「行動」することでしか得られない発見や気付きがあること、そして行動のみが結果と成果をもたらすことは、ものごとの原理原則であることを忘れないようにしたいものです。

 

何ごとも学びとはいえ、自己投資と称して時間とお金を費やす以上、「何を学ぶか」「なぜ学ぶのか」などの中身と意味はもちろん、何よりも「成果は何か」を定義し、その成果を果たすための具体的な行動を意識して取り組むことが、不良債権ならぬ「不良知的資産」とならない方法なのだと思います。

 

不良資産

 

奥深い、さらなる続き(おわりに)

 

百聞は一見にしかず

百閒は一考にしかず

百考は一行にしかず

 

実は、後世にこの続きが作られたことをご存じでしょうか?

 

続きは、

百行は一果にしかず

百果は一幸にしかず

百幸は一皇にしかず

(作者不明)

 

意味は、

百回の行動は、一つの成果に適わず

百個の成果は、一つの幸せに適わず

百の幸せは、皆の幸せに適わず

 

行動することは、自己成長のための確かな一歩ですが、その歩みが全体の幸せへの貢献につながることを最終目的とすると、先述したような計算方法では、もはや人の一生を遥かに超える時間であるため、計算することに意味を見出せません。

 

多くの企業の経営理念で使われる「貢献」や「幸せ」の言葉の壮大さの輪郭が、垣間見られたように感じます。

 

学びで得た知識を広く深く活かすため、しかるべきタイミングと具体的かつ適切な行動によって遥かな時間差に追いつき、顧客の経営への貢献に努めたいと思います。

 

侮(あなど)るなかれ、数字遊び。

 

参謀 青木 永一

 


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このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。