コラム

参謀 青木 永一

挑戦者は承認欲求を捨てて承認獲得に挑むべし

 

プレゼン

 

起業を目指す人たちのプレゼンの場に、スピーカーとして招かれたときのことです。

 

どこで何を話したかはさておき、とても貴重な体験ができたのでシェアしたいと思います。

 

会場には起業家が10名のほか、5名(社)の投資家も同席し、まるで過去に人気を博したテレビ番組の『マネーの虎』を彷彿させる場面でした。

 

起業家たちは、自分たちのサービスには計り知れない可能性があること、資金調達後の展開など、それぞれが投資家に向けて熱弁を振るっていました。

 

起業家たちのプレゼンが終了したあと、質疑応答に移り、投資家の言葉にハッとさせられたことや私なりの気づきがあったのでお伝えしたいと思います。

 

 

起業家たちの惨敗と立て直しの考え方

 

投資家が語りかけます。

 

「起業家の皆さんのビジネス展開の話そのものは十分にわかりました。

 

成功するかしないかなんて、本当のところは誰にもわかりません。

 

私たちのような投資家とて、実は失敗のほうが圧倒的に多いのが現実です。

 

だから、あなたたちがしなければならないのは、せめて今この場面で自分たちには何が期待されているのかを理解したうえで、その期待を超えてくることです。そうしなければ、こちらも何を質疑応答すればいいのかがわからないのです。事業計画に対して批判的な意見を伝えることはあまりにも簡単であり、またそれはあまりにも時間の無駄で意味のないことなんです」。

 

そこまで伝えて終わるのかと思いきや、さらに語りかけました。

 

「あなたたちは、期待されているものが何かを理解する力が致命的に欠けているんです」。

 

この、投資家からのダメ出しとも取れる言葉が、私にはとても印象的でした。

 

続けて、

「じゃぁ、一つだけ質問しますが、今この場で期待されていることは何なのか、わかりますか?」と投資家の問いが続きます。

 

起業家たちは誰一人として的を得た返答ができず、何も答えられない状態の人もいました。

 

投資家はさらに語りかけます。

 

「とてもシンプルなんです。しかし、ゆえに難しいのだろうと思います。それは、今あなたたちの目の前の私たち(投資家)が気づくことができていない、『あ、なるほどね!』と感嘆させられる何かです。このもっとも重要な一点が欠けているんです」。

 

これは、起業家たちによる事業プレゼン内容は、投資家たちのこれまでの経験による想定の範囲を超えなかったということなのでしょう。

 

私なりの解釈で伝えるならば、そんなサービスは他でも聞いたことがあるし、それがなぜ今の世の中にない、または残っていないのかを考えてないですよね?というメッセージなのかもしれません。 また、今回のような起業家と投資家のあいだで交わされるコミュニケーションでは、わかりやすさを保つために論理性が必要になります。しかし、その点は少々破綻していても問題ないのかもしれません。なぜなら、そのようなものは修正すればいいだけのことですし、本質ではありません(論理性を否定しているのではありません)。

 

少し論点がズレますが、理路整然とまとめたはずの筋書がその後に実際にやってみると市場によっていとも簡単に覆されることなどは、事業展開の現場にたずさわる者にとっては珍しいことではありません。

 

さらには、起業家の頭の中に潜む論理には、一緒に働く者にさえなかなか理解しづらい論理があることも少なくありません。

 

つまり、「あ、なるほど!」を感じさせるインパクトとは、一見するだけでは非論理的で非合理な、意外性を感じさせる「特異な部分」のことなのでしょう。

 

自分たちの実績とこれからの展開についての考えを、どのように伝えれば投資家たちに理路整然と伝わるか、起業家たちがそのように考える気持ちは理解できます。しかし、投資家などの選別眼を持つ第三者から資金調達を行おうと考えるならば、理路整然の中に「狙い」的な意外性を潜ませることができなければ、目の前の投資家たちを唸らせることはできないのでしょう。

 

狙い

 

承認欲求と承認獲得のわずかな差

 

心理学カウンセラーや精神科医の先生、またSNSを湧かせるインフルエンサーの方たちの発信に、「他者から認められる必要はない」と、承認欲求に対するアンチテーゼをよく見聞きします。

 

とても優しい言葉だと思います。

 

しかし、社会のなかで、他者とうまく渡り合い、懸命に自分の居場所を確保しようとするなら、認められる必要はありますよね。むしろ、そのほうが多いことを皆さんはよくご存じなのではないでしょうか。

 

承認欲求を推奨しているのではなく、他者と関係性を構築しながら自分の居場所と未来の自分を守るため、地に足をつけて生きていくには承認が必要な場合のほうが圧倒的に多いのが現実であることを伝えているまでです。

 

これだけあらゆる情報と選択肢、多種多様な人間関係が日常的に絡みあう現代においては、見切りが重要なのだろうと考えます。承認を得てまでも自分の居場所を確保する必要がある場合とそうではない場合の違いは、自分の目的と利益はもちろんのこと、相手の隠された目的を見極めることが重要です。

 

言葉では綺麗ごとを理路整然と語りながらも、その実、相手の利益だけを膨らませるような悪質なものならば、一時の選択ミスを継続させないためにも「避難する」の一択しかありません。

 

一方で、関わる人たちと主体性を発揮させ合い、共に学びを深め合う、そして目先の小粒な利益を取るのではなく、先に総量(パイ)を増やすことに労力と時間を注ぎ合うことで、拡がる可能性を開拓できる関係性においては、承認を得ること、承認を与えることはとても重要になります。

 

「やるべきだ、やっていきたい」と、自分の居場所を確保する覚悟を持つならば、相手の要求に応えることが必要になる現実とその厳しさにしっかり向き合う必要があります。そして、それには自分が相手から求められているものは何かを常に問い、応え続けるための具体的な行動が必要なことぐらいはあらかじめ理解しておくべきです。

 

 

小心者な挑戦者たちの仕事への取組み方

 

私には、お笑い芸人を目指す、お芝居に情熱を注ぐ、そんな芸事に挑み続ける友人がいます。その友人たちの舞台裏の工夫と苦悩する姿に、仕事への取り組みに、とても多くのことを教えられます。

 

お笑い芸人を目指す友人に驚かされるのは、日常で見過ごされがちな何気ない風景から、多くの人たちからの「あ、本当にそれ、それなのよ!」の感嘆の声を引き出す共感ネタの研究や、それらをデフォルメした企画を考えているときです。市場調査と企画、さらに設計を綿密に組み立てていく過程と、やり直すスピードは圧巻の職人技です。

 

手元のネタ帳と称する大学ノートは、もはや原形をとどめず3倍以上にも膨み、また、同じ状態のものが何十冊と部屋には積み重ねられていました。

 

彼ら彼女たちが異口同音に伝えてくれるのは、自分にはこれしかないという覚悟です。苦悩ばかりで嫌になることばかりだけど、報われる瞬間がこの先にあることを信じて疑わず、何がウケるのかを毎日追及することで自分を支えているのだそうです。

 

自分たちが今、世間から何を期待されているのかを問い続けること。

 

「やりたい」と「求められていること」の世間とのズレを確認しながら毎日進むこと。

 

常にわかっていないのは自分のほうなのかも知れないとする恐怖心によって、自分たちを支えること。

 

これらの小心者の態度が、世間の期待を超える仕事をつくり出すのかもしれません。

 

 

おわりに

 

自分の惰性的な考えや行動をあらためると同時に、知らなかったことを知ることで、一層知らない世界が増えることを知ることが、これからの時代をクリエイティブに生きていくにはとても重要なのかもしれません。

 

誰かに素直に道を尋ねることなく、自分たちの思い込みを大切にして突き進んだ結果、そこが断崖絶壁だったとき、皆さんならば一体誰の責任にしますか?

 

投資家たちによる厳しい言葉の数々は、起業家たちを事業破綻させないための、そして、さらなる挑みを促す温かみのある諫言なのだと思います。

 

やりたいことをやるのは構わないが、やりたいことをやりたいようにやれるとは限らない。

 

真に挑戦する者にとっては、市場(顧客)などの自分が向き合うべき対象から何を期待されているかを知り、その要求を超え続けなければなりません。その意味において、承認を得ることは必須条件となる厳しさをあらためて確認することができた、とても刺激的で貴重な機会でした。

 

参謀 青木 永一

このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。