コラム

参謀 青木 永一

顧客満足は “偶然” ではつくれない ~サービスの構造と再現性を考える

飲食店や宿泊施設を訪れたとき、「心地よかった」「腹が立った」などの感情を抱いた経験はありませんか?

 

何がその差を生み出すのか。

 

本稿では、サービス業、とりわけ飲食業や宿泊業などを想定しながら、改めて「サービスとは何か」「顧客満足とは何か」を考えてみたいと思います。

 

 

サービスの出発点は、定義の共有にある

 

サービスは「形のない提供物」として語られることが多く、在庫も効かず、評価も主観に大きく左右されます。そのため、意識的に手を打たなければ、スタッフ間でも認識が揃いづらいものです。

 

だからこそ、「そもそも自社にとってのサービスとは何か?」という問いに対して、企業として明確な定義を持つことが出発点になります。

 

「顧客との関係を継続させるためのおもてなし」

「形には残らないが、記憶に残る価値の創出」

「お客様の笑顔を一段と明るくする工夫」

 

さまざまな考え方があります。正解は一つではありません。しかし、自社にとって「サービスとは○○である」と定義できているかどうか。そしてそれを従業員と理解を通じて共有し、言葉と行動レベルにまで落とし込めているかどうかが鍵になります。

 

 

サービスは“どこで、どの程度感じてもらうか”を設計するもの

 

サービスは、自然発生的に「感じてもらう」ものではありません。顧客の心理、タイミング、動線を想定したうえで、どこで感動を生むピークにするか、満足の振れ幅(程度)を戦略的に設計することが必要です。

 

施設内の導線設計、スタッフの導き方、会話のタイミング、メニューの構成(見やすさ)……すべてがサービス設計に含まれます。

 

そして実行した設計が、実際の顧客の事前期待値(心理)と一致、またはわずかに上回っているかどうかを検証し、改善のサイクルを回すことが不可欠です。

 

そのために顧客アンケートの設計と活用の方法が重要になりますが、本稿では割愛します。

 

 

「期待値の調整」こそが、サービス品質の真価

 

顧客は、口に出さずとも事前に「なんとなくの期待値」を持っているものです。それは価格や立地、店構えなどの顧客自身の過去の体験によって形成されるものです。

 

たとえば、格安の宿には高級ホテルの接客は期待されません。逆に価格が高くなれば、その分期待も高まります。

 

重要なのは、この“暗黙の期待値”を正しく想像し、わずかに上回るよう設計することです。

 

以上は、顧客満足の核心であり不満足の予防でもあります。この調整には、「サービスコンセプトの明確化」、「時間軸(動線)を考慮した満足度設計」、「継続的な従業員教育」という三位一体の取り組みが欠かせません。

 

 

サービスの生命線は、「人」と「モノ」の安定稼働

 

「あなたの会社のサービスは、人がつくるのか、モノがつくるのか?」

 

この問いに対する回答が、経営の投資判断においての指針となります。

 

人であれば能力開発と育成、環境整備、健康管理などに、モノであれば設備機器への保守や補修などの設備強化に注力投資するのが合理的なはずです。

 

ところが、現実には人がサービスをつくっていると回答するにも関わらず、人材の育成や環境整備に対して十分な投資がなされていないケースが非常に多いのが実情です。

 

健康管理やメンタルケア、働きやすさの整備は、もはや「余裕があればやること」ではありません。

 

「人が壊れたら、サービスは壊れる」 この当たり前を、本当に行動に移せている企業は、実は少数派かもしれません。人手不足の時代において、健康経営や職場環境の整備は単なる配慮ではなく、組織の存続に関わる重要な課題です。

 

 

“サービスの進化”は、順番を間違えずに回す

 

サービスの品質を進化させるためには、次の3段階を順序よく回す必要があります。

 

1. 品質向上のための(再)設計

まずは「やらないこと」を明確にし、次に「やるべきこと」を厳選・洗練します。取捨選択によって余力を生み出し、サービスの品質を再構築することが求められます。

 

2. 生産性向上のための割り切り

サービスは慈善事業ではありません。売上につなげる経済活動であることを理解することです。価格・生産性・利益の結びつきとバランス、そしてインパクトを数字で語れることが必要です。

 

3. 持続可能な仕組みの構築

前述の成果(品質、生産性)を再現可能な仕組みに落とし込み、チームに埋め込みます。

 

これらを丁寧に、循環させることが、競合には真似できない“自社のサービス”を形作ります。

 

 

SPC(サービス・プロフィット・チェーン)という構造の理解

 

SPCとは、1994年にハーバード・ビジネススクールのヘスケット教授らが提唱した、サービスと利益の因果関係を示すモデルです。

 

【従業員満足 → 従業員のロイヤリティ → サービス品質 → 顧客満足 → 顧客ロイヤリティ → 利益 → 従業員満足…】という好循環の構造を示したフレームワークです。

 

つまり、サービスとは「従業員満足」を起点(動機)にして、「顧客の期待」と「企業の成果」を“満足”という形で繋ぐ仕組みのことです。

 

 

サービスの達人が実践している“仕事術”とは

 

航空業界で働いていた知人から聞いた、あるサービスの達人の言葉があります。

 

「サービスとは、先回りして行い、頼まれればスピーディに、そしてさりげなく提供すること」

 

この3S(先回り・スピーディ・さりげなく)には、洗練された再現の可能性を感じさせます。

 

また、理不尽な顧客に対しては、相手に“仮想の背景”を与えて心理的な処理を行うようです。

 

「昨日、家庭内で何か問題があったのかもしれない」、「友人が居らず孤独なため、こうして八つ当たりするしかなかったのかもしれない」

 

そう想像することで、冷静さと共感を同時に保つことができ、自分自身のメンタルを守るらしいです。

 

これは、「捉え方」によって自分を守りながらサービスを貫く一つの技術と云えます。

 

 

おわりに ~サービスは“人間の営み”そのもの~

 

サービスとは、接遇や笑顔にとどまりません。他者の期待に応えようとする意志ある営みであり、明確な定義と設計、そして人間の健やかさによって支えられています。

 

あなたの会社における「サービス」は、誰が、何を通じて、どこのポイントで、どのように届けようとしているのか。

 

この問いに明確な答えを持てる企業こそ、真に「サービスの質」で差別化できる企業だといえるのではないでしょうか。

 

そして、この取り組みの先にこそ「顧客満足」が定義され、そして充足させるのではないでしょうか。

 

「サービスとは何か」「顧客満足とは何か」、経営者と従業員がともに語れる組織であるために、このコラムが、その対話のきっかけになれば幸いです。

 

参謀学Lab.研究員 青木 永一

このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。