コラム

参謀 出路 賢之介

障がい者の「働く」を考える

突然、障がい児の父になる

 

それは次男・ダイが生まれた6年前のことでした。生まれて3時間後、呼吸状態が悪いということで県立病院のNICUに緊急搬送されました。産科クリニックの先生が穏やかな対応と説明だったこともあり、あまり重大に受け止めておらず、救急車を追いかけて車を走らせていた時は、「彼が大きくなった時の話のネタができたなあ」なんて考えていました。

 

ところが、3日たっても、10日たっても状態は良くならず、さらに約3週間がたち、入院してすぐに受けていた遺伝子検査の結果が出ました。ダウン症でした。でも、私たちはこの時、すでにダウン症であることを確信していて、私の覚悟は決まっていました。

 

というのも、緊急搬送された翌々日、まだ産後で入院していた妻から朝早くに電話があり「ダウン症だと思う」と告げられていたのです。いま思うと「母親の勘はすごい!」としか言いようがありません。

 

私にとっては想像もしていなかった言葉だったので笑い飛ばしたのですが、妻が退院し、NICUで面会してダイに会うたびに、その特徴から確信を深めていくこととなりました。

 

遺伝子検査の結果が出ると、私はすっきりして、覚悟が決まった感覚がありましたが、妻は違いました。確定診断を受けると、それまで心のどこかにあった「違っているかも」というかすかな望みもなくなってしまったのです。

 

目に見えて弱っていき、心療内科の処方を受けるようになりました。しばらくは会話をすることもできませんでしたが、少しずつ彼女が不安に思っていることを話してくれるようになって気づいたことがありました。

 

見えていなかった障がい者の働く姿

 

それは、彼女はこれまでの人生において、障がいがある人とまったくと言ってよいほど関わりがなかったのです。そのため、障がいがある子どもたちがどのように学校に通うのか、どのように社会に出て仕事をし、どのような暮らしをしているのか、想像もつかなかったのです。

 

「知らない」ということは「恐れ」を生み出します。妻は「ダイは学校にも通えないんでしょう」「ダイはずっと家の中で暮らしていくしかないんでしょう」と何度も言いました。そのたびに、私は小学校時代にいた障がいのある同級生の話、中学時代に同じ陸上部に所属していた知的障がいがある同級生と一緒に練習や大会に遠征したりした話をしました。また、仕事で関わったことのある障がい者の話や、町中で見かけた働いている様子などを話しました。

 

それでも妻は「働いている障がい者の人なんて見たことがない」と言うのです。そんなはずはありません。よく一緒に行くスーパーで品出しをしている方の中にもいますし、近くの川の河川敷を清掃している方の中にもいるのですから。でも妻には見えていなかったのです。

 

子どもの頃から障がいのある同級生と過ごしてきた私にとってはあたりまえの存在でしたが、普段接する機会がないと、アンテナが低くなっているのでしょう。

 

これ以来、私は社会の中でもっとみんなの見えるところで障がいのある人たちが働けないだろうかと考えるようになりました。そうすることで、妻のように「知らない」ことを恐れずにすむ親が増えるのではないか、それは障がいをもって生まれてきた子どもたちの成長にも良いことではないかと思えました。

 

障がいがある人はどこにいる?

 

ただ、たしかに妻の言う通り、日々の生活のなかで障がい者と関わる機会は多くありません。厚生労働省の『平成30年版障害者白書』によると、身体障がい者は436万人、知的障がい者は108万2000人、精神障がい者は392万4000人(各区分とも障がい児を含む)、合計すると936万6000人で全人口の7.4%です。

 

この中で18~65歳の雇用対象人口は身体障がい者105万人(24%)、知的障がい者69万人(64%)、精神障がい者216万人(55%)で、少し古いですが2013年の総務省統計局「労働力調査」のそれぞれの就労率を当てはめると、身体障がい者56万人(53%)、知的障がい者14万人(20%)、精神障がい者69万人(32%)となり、仕事を通して社会とつながりを持っている障がい者の数は少なくなります。
※精神障がい者のみ20~65歳を算出(『平成30年版障害者白書』の区分より)。

また、2018年3月の特別支援学校の卒業生2万1657人の進路は、大学・専修学校への進学等が769人(3.5%)、一般企業等が6760人(31%)、障害福祉サービスが1万2906人(60%)で、年々一般企業への就職の割合は高くなっていますがまだ多くはありません。また、半数以上が進路として選択する障害福祉サービスでも、その多くは就労継続支援B型事業所に在籍することになります。

一定の労働力を期待され雇用契約を結びながら一般企業への就職を目指す就労継続支援A型事業所に比べ、安定した就労が難しく雇用契約が結ばれないB型事業所は室内で作業を行うようなスタイルであることも多く、利用者(就労者)の多くは日頃から多くの人とつながりをもって仕事をしているわけではありません。

 

このように障がい者が「働く」ことに関する統計を見ていくと、社会と接点を持って働く環境にいる人は限られており、私たちの日ごろの暮らしのなかで、障がい者が働いているところに接する機会が少ないのも仕方がないのかもしれません。

 

これからもこうした状況は変わらないのでしょうか。私はそんなことはないと考えています。

 

障がい者の働く環境は年々変わりつつあります。また障がいのある子どもたちの療育環境も放課後等デイサービスが急増するなど、この10年で大きな変化がありました。これから社会と接点をもって暮らしていく障がい者がもっと増えていくはずです。

 

私の息子・大は2020年4月から小学校1年生となります。私たち親は、彼らが18歳となった時にどのような進路の選択があるのか、いま目の前の彼の成長に寄り添うとともに、これからの障がい者を取り巻く環境の変化にも、高い関心を持っておく必要があると思っています。

出路賢之介

このコラムの著者:

参謀出路 賢之介

参謀の特長
障がいがある子どもをもったことをきっかけに、同じ障がいをもつ父親のサポートや通園する児童発達センターを中心とした父親の会を立ち上げるなどして活動中。 本業は、編集者として釣り専門出版社で3年、医療系出版社で17年勤務。現在は新規事業として立ち上げたクラウドファンディングサービスに携わっている。
お問い合わせ
  1. 障がい者の「働く」を考える