- 参謀の特長
- ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。
コラム
参謀 青木 永一
中小企業の経営者こそ知っておきたい「資本コスト」という考え方
目次
はじめに
中小企業の経営者や幹部であれば、借入にかかる「金利」は意識されているはずです。金融機関からの融資には当然ながら支払利息が伴い、「お金にはコストがかかる」という感覚は一般的です。しかし、そのお金が自己資金(=自己資本)となった場合はどうでしょうか。「自分のお金だから金利も利息も関係ない」と思いがちですが、実はそこにも“見えないコスト”が存在します。これが「資本コスト」という概念です。
特に中小企業では、創業者や家族が出資した資本金を原資とし、配当も行っていないケースが多いため、自己資本にコスト意識が及ばないことがあります。しかし、それこそが企業の成長を妨げる“盲点”になりうるのです。
本コラムでは、「資本コスト」の基本的な考え方を、戦略的な経営判断の土台として捉え直し、実践的な活かし方を探っていきます。
自己資本にも“見えないコスト”がある
たとえば、過去の利益から3,000万円を新規プロジェクトに投じたとします。これは借入ではなく、手元の資金を用いた自己投資です。
帳簿上では現金が設備などの資産に置き換わるだけで、自己資本の額は変わりません。しかし、実際には以下のような他の選択肢もあったはずです。
- 緊急時に備える予備資金
- より収益性の高い別の投資
- 経営者の退職後の備え
- 既存事業の改修や強化
このように、手元にある自己資金を何かに使ってしまうと、ほかにできたはずの使い道が実現できなくなります。そして、「別の選択をしていれば、どれくらい得をしていたか?」をお金に換算したものが、自己資本にかかるコスト=資本コストです。
言い換えるならば、「この資金から、どれくらいの儲けを得たいか?」「この資本を使って、年率で何%くらい増やせると見込むのか?」という問いに対する、自分なりの“期待値”を数値として持っておくことが、自己資本コストを意識するということなのです。
たとえば、手元の1,000万円を銀行に預けていれば、年1%の利息で10万円の利益になっていたかもしれません。それをリターンの少ない事業に使ってしまえば、その10万円は“見えない損”=取り逃がした利益になります。
つまり、「もっと良い使い方があったのに、それを選ばなかったことによる利益の取り逃し」。これこそが資本コストの本質なのです。
資本コストを“戦略の前提条件”にする
ファイナンス理論では、資本コストは以下のように定式化されます。
- CAPM(資本資産評価モデル)
株主資本コスト = 無リスク金利 + β ×(市場期待リターン − 無リスク金利)
これは、株主(中小企業では多くが経営者自身)が、他の投資ではなく自社事業に投資する合理性を数値で示すモデルです。「β(ベータ)」は市場全体に比べたリスクの大きさを示す指標で、ざっくり言えば“業種の不確実性”の度合いです。
しかし、未上場の中小企業ではβを推定することが難しく、CAPMをそのまま適用するのは現実的ではありません。
また、上場企業であれば「株主の期待収益率」という明確な基準がありますが、オーナー企業ではそれが曖昧になりがちです。だからこそ、経営者自身が「自分がこの資本に何を期待するのか」を明文化し、意思として定める必要があります。
中小企業における“実務的な資本コスト”
現実的なアプローチとしては、「業界の利益水準」や「経営者自身の期待リターン」を参考にしながら、自社なりの資本コストを “意思として設定” することが有効です。
自社と同業他社の営業利益率や投資案件の平均的な回収期間などを参考にしながら、「このくらいは当然欲しい」と思える数値を基準にしていくのが現実的です。
また、資本コストは常に一定ではなく、投資先のリスクの高さや資金が回収されるまでの時間の長さによっても変わります。したがって、リスクの高い新規事業においては、それに見合うより高い期待リターンが求められるのです。
たとえば飲食業では、粗利益率60〜65%、営業利益率5〜10%が一般的な水準でしょう。そこに対して「20%の営業利益率を目指す」と掲げるのであれば、それに見合った価格戦略、人材配置、スケール戦略が求められます。逆に、それを実現できる手立てがなければ、「20%」という目標は根拠のない願望にすぎません。
参考として示しますが、資本コストを意識している企業とは、次のような姿勢と基準、習慣を持っています。
- 自己資本に対して、明確なリターン目標がある
- 投資判断において、期待リターンが得られるか数値で検証している
- 感覚や直感ではなく、他の選択肢と比較して意思決定している
「この投資では最低でも年15%のリターンが欲しい」と定めていれば、計画上10%しか見込めない場合には「いったん保留」「改善の余地を検討」といった合理的な判断が可能になります。
つまり、資本コストとは、“経営者としての意思” を数値化するフレームでもあるのです。
どんぶり勘定が資本を蝕む
中小企業では「経験と勘」による判断も多く、それが必ずしも間違いとは限りません。しかし、それが過去の成功体験 “のみ” に基づいていたり、現実の数字と乖離していたりすれば、大きなリスクとなります。
たとえばこんなケースが考えられます。
「余っている資金でカフェ事業を始めた。家賃や人件費などで年1,200万円かかっているが、売上は1,000万円くらい。大きな赤字ではないし、楽しいから続けている。」
一見、大きな損失はなさそうに見えますが、資本は確実に目減りしています。本業に投じていれば300万円の利益が出ていたかもしれない。借入返済に回していればキャッシュフローが改善していたかもしれない。その差分こそが“見えない損”であり、資本コストの意識があれば回避できたはずです。
資本に意思を持てる企業が強くなる
「財務基盤が強い企業」とは、利益やキャッシュフローが安定しているだけでなく、資本の重みと可能性を理解し、その使い方に明確な優先順位を持っている企業です。
資本コストの視点を持てば、次のような問いが自然と生まれます。
- この投資は資本コストを上回るリターンがあるか?
- いまこの資本を使うことは、他の選択肢より合理的か?
- どの程度のリターンを、いつまでに得たいのか?
こうした問いに正面から向き合い、数字と行動で答えていく姿勢こそが、資本を “思いつきで使う” 企業との差を生みます。
おわりに
「資本コスト」とは、難解な理論ではなく、「このお金をどう使えば、もっとも価値が生まれるのか」という視点そのものです。
- この投資、本当に儲かるのか?
- 自分が期待するリターンに届いているのか?
- 他にもっと良い使い道はないのか?
こうした問いを持ち続け、精査し続けることができる経営者こそ、資本の可能性を最大限に引き出し、“強い企業” をつくることができる経営者と言えるのではないでしょうか。
参謀学Lab.研究員 青木 永一