コラム

参謀 浅井 貴之(ビジネスネーム)

人事とはマーケティングである?

人事は、どのような時に人事制度を作ったり、変更したりしているのでしょうか。

基本的には会社の戦略に基づいて人事制度を描くのですが、時には法改正に対応することや、労働組合や社員からの要望を受けて新制度導入といったことも人事制度の設計をする上ではよくあります。

 

例えば、育児制度を取り巻く環境は近年目まぐるしく変化していますが、国からの要請、社員からの要望もあって、育児休業の期間を長くする企業も増えてきているかと思います。それ自体は真摯に取り組まなければいけない、重要な問題です。

一方で、法対応はともかく、社員の要望については、ただ受け入れるだけでいいのでしょうか。社員が育児休業を伸ばしてほしい本当の動機はなんでしょうか。共働きで…、核家族で…、保育所に入れなくて…といった背景が考えられます。こうして考えてみると、育児休業の延長だけが解決策ではなく、企業の規模や体力にもよりますが、社内託児施設、ベビーシッター費用の補助、在宅勤務の拡大など、育児休業期間の延長以外にもいくつかの選択肢が見えてきます。

 

マーケティングの世界には、セオドア・レビットという学者が残した「ドリルを買う人が本当に欲しいのは『穴』である」という趣旨の言葉があります。今回のケースはまさにこれに当てはまります。すなわち、「育児休業期間を延長してほしい人は、本当は子供がいても安心して働ける環境が欲しいのだ」ということです。前置きが長くなりましたが、このように、今回はマーケティングの理論や考え方は人事にも活かせる、ということを、上記の例のほかに3つご紹介します。 

 

・マーケティング・プロセス

マーケティングの基本は、顧客に対して価値を訴求し、買ってもらう仕組みを作ることです。すなわち、外部環境と内部環境を的確に分析し、ターゲットを特定して自社製品の訴求点を見つけ、最適な価格設定、流通、販売促進方法でもって市場に届ける一連のプロセスであると言えます。

このプロセスを人事として読み替えると、「内部/外部の環境を分析して、戦略上、自社の強みを伸ばすべきか弱みを克服すべきかを判断し、必要な施策を効果的に社内に展開する」ということになるでしょうか。SWOT分析は、内部の環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)に、外部の環境を機会 (Opportunities)、脅威 (Threats)にそれぞれ分解してマーケティングや経営戦略を考える際に用いられますが、人事においてもこの方法は有効でしょう。

 

・購買意思決定プロセス

広告業界でよく用いられる言葉に「AIDMA」というものがあります。AIDMAとは「広告宣伝に対する消費者の心理的なプロセス」であり、Attention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)の頭文字からとられています。

例えば、新しい制度を導入しても、社内掲示板で紹介したり、説明会を実施したりしないと、誰も存在を認知してくれないだけでなく、内容を理解してくれないでしょう。認知したとしても、ニーズに合致しなければ、活用してくれないかもしれません。そういう意味で、社員の心理状態を考えながらどうプロセスを設計するのか、どのように社員とコミュニケーションをとっていくのか、ということについても考える必要があります。

採用ではもっとわかりやすくAIDMAが有効です。どのように自社を知ってもらい、その学生にとって共感できる会社であることいかにアピールし、エントリーしてもらうのか。まさにAIDMAのプロセスに沿った活動と言えます。

 

・機能的価値から情緒的価値への移行

ある製品市場において、機能的価値に対するニーズが飽和状態にあると、情緒的価値が重要になると言われています。汚れが落ちる洗濯洗剤が売れていた時代から、どれを買ってもそれなりに汚れが落ちるようになると、今度は仕上がりの柔らかさや香りといった付随的な価値へと嗜好がシフトしていく、このような変遷がまさに情緒的価値への移行です。

これもまた、人事でも同じです。給与や福利厚生等を機能的価値と捉えると、会社の方向性をどれだけ表現しているか、といったことは情緒的価値の一例と言えるでしょう。当然、お給料は高い方が良いと誰もが思います。一方で、一定額以上はどんなに上がってもそれほど社員の満足度には影響しないという統計データもあります。むしろ、給与に関係なく、会社としてあるべき姿を貫く、哲学を感じる姿勢や制度に共感して満足度が高まることもあります。

 

人事がマーケティングである、という前提でいくつかの理論が適用可能であるということをご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。ご紹介した以外にもマーケティング理論はたくさんありますし、マッチしないこともあると思います。ぜひ、マーケティングに限らず、他のコラムを読んでいただきながら、人事のことに結び付けてみてください。思わぬところで思考の枠が広がって、新しいアイデアが生まれるかもしれません。

 

浅井貴之

このコラムの著者:

参謀浅井 貴之(ビジネスネーム)

参謀の特長
人事系の業務全般を網羅。特に採用・人材育成に関する経験が豊富である。自らの経験と経営学を学んだ視点を活かし、経営戦略と人材マネジメントの高い次元での整合を目指す。