- 参謀の特長
- 人事系の業務全般を網羅。特に採用・人材育成に関する経験が豊富である。自らの経験と経営学を学んだ視点を活かし、経営戦略と人材マネジメントの高い次元での整合を目指す。
コラム
参謀 浅井 貴之
人事制度は美しくあるべき
人事には多くの仕事がありますが、企業規模が大きくなると担当者ごとに役割が細分化したり、制度が複雑化したりします。こういった状況になると担当者はつい特定の(自分が担当する)制度だけに目を向けがちになり、個別にはよく考えられた制度であっても局所最適してしまい、全体として不整合が起こります。
今回は、局所最適に陥らずに全体を俯瞰して不整合を回避し、人事制度の「美しい状態」を目指しましょうというお話です。
目次
どんな時に起きるのか
特に局所最適に陥ってしまう状況は、時代の変化や法改正などがあった時、あるいは特定の制度に対して従業員から改善要望があった時などです。直接影響が出る部分だけを変更した結果、変更していない制度との不整合がおきるのです。例えば、次のようなケースは典型的な不整合と言えるでしょう。
- マネージャーを早期抜擢することになったが、管理職研修は一定の年齢になるまで受けられない
- 新規事業提案を推奨しイノベーションに関する研修を充実させたが、評価は既存事業の実績のみで測っている
- 事業拡大のために今まで社内にいなかったような人材(例えばSEやデザイナーなど)を大量採用したが、職種別に適切な評価制度や報酬制度が整っていない
- 従業員からの要望に基づいて育児休業の制度を拡大したが、評価結果のみを昇格要件にしているため、休業期間の長い女性が昇格できなくなってしまった
何が問題なのか
すべての人材マネジメントは戦略実現のため、従業員にどのように動いてもらいたいかを考えて企画・運用されます。
新規事業提案の推奨を例にとってみましょう。(上述事例の2)
会社としては既存事業だけに頼らない企業を目指す戦略であり、従業員にはイノベーションに向けた行動を起こしてもらいたいと思っています。しかしながら、評価制度の変更を行わないと、どれだけ新規事業を提案しても評価されません。そればかりか、新規事業に力を入れすぎて既存事業の実績がおろそかになるとかえって評価が落ちる可能性があります。せっかく研修が充実しても、これでは研修内容を仕事に活かそうというモチベーションが上がらず、従業員は戦略に基づいた行動をとることができません。
このように、従業員に会社が意図する行動をとらせることができないことは、戦略実現に大きな障害となるでしょう。
どうすれば回避できるのか
まずは制度変更時、局所の影響だけでなく、俯瞰的に全体を見ること、玉突きのように起こる他制度への影響も考慮することで、しっかりした全体像を描くことができるようになります。
また、そのために必要なこととして、以下の2つを押さえる必要があります。
1つは、前提として人材マネジメントの基本・枠組みを知っておくことです。人材マネジメントとは一般的に、以下の6つのことを指します。
- 採用
- 配置
- 育成
- 評価
- 報酬
- 退職
この6つが相互に関係していることを覚えておくと、ある制度を変更する必要が生じた時、他に影響がないか確認しやすくなるでしょう。
もう1つは、従業員に「こう動いてほしい」という明確なイメージを持つことです。イノベーションを推奨したら社員はどう動くのか、早期抜擢されたマネージャーにどのように振る舞ってほしいのか、イメージして対策を打つことで、想定と違う、思惑と異なる、といった事態はかなり避けることができます。
例えば、新規事業提案が奨励されている企業においては人材育成に力を入れるだけではなく、①個人や上司の業績目標に新規事業を入れることを義務付ける、通常の評価とは別に表彰するといった評価制度の変更、②他社で新規事業に関わっていた人材の積極的な採用、といった様々な人材マネジメントの在り方が考えられます。
新規事業を発想、実践することがDNAとして根付いている企業の中には、筋のいい新規事業の提案者に子会社を作らせ、社長として取り組ませるところもあります。これも、戦略と人事が密接に結びつき、複数の人事制度が整合した「美しい状態」と言えるでしょう。
正解は一つではない
すべての不整合が「美しい状態」にできるかというと、必ずしもそうではありません。
例えば、「従業員からの要望に基づいて育児休業の制度を拡大したが、評価結果のみを昇格要件にしているため、休業期間の長い女性が昇格できなくなってしまった」という状況では、放置すると女性従業員にとっては同期男性従業員と比べて昇格の遅れが生じる一方、安易に解決しようとして育児休業期間を無視して昇格させることもまた、男性従業員にとっては納得感の低い結果を招きかねません。
こういったケースでは制度だけに頼らず、「人事制度に唯一絶対の解は無い」ということを念頭に置き、常に「どうすべきか、どうあるべきか」を社内で議論しながら、「美しい状態」を目指して改善を続けましょう。