コラム

参謀 青木 永一

経営と犯罪は表裏一体 無知と焦りがもたらした犯罪と倒産寸前の危機

センシティブなタイトルですが、脅すつもりはありません。

 

小規模企業(従業員数20人以下)の場合、社内に法務担当者や、財務責任者を備えていることは稀であり、意思決定は代表者や経営幹部が培ってきたこれまでの経験と勘、そして度胸に頼るものが多いのではないでしょうか。

 

これら主観や感情に頼る経営は、犯罪リスクの温床と言っても過言ではありません。犯罪に至れば、訴訟リスクや財務リスクは確定的となり、最悪の場合は倒産も免れないでしょう。

 

今回は、特に小規模企業の経営者が陥りやすい、法務知識の欠如が招く致命的な判断ミスについて取り上げたいと思います。

 

3つの犯罪への入り口

 

私の過去の金融業時代と、現在の事業再生で携わってきたこれまでを振り返り、残念ながら自己破産や任意の債務整理、または人員及び資産の売却などで規模縮小などに至った経営者に共通する特徴として、「財務」「税務」「法務」の3つの知識不足が挙げられます。

 

求められる知識の程度については一概には線引きができませんが、少なくとも自社の経営の現状を鑑みた「守り」の観点と、「攻め」の場合に想定される経営の持続性に与えるインパクトに応じた概要については、上記3つの視点から考えられるということは経営者にとって必須でしょう。

 

転ばぬ先の杖として、保険商品は節税の観点から認知されていますが、上記3つの知識についても同様に、倒産の未然防止のためには理解してもらいたいところです。

 

私のこれまでの経験では、小規模企業経営者が陥る犯罪の多くは、取引先からの債権回収、または債務支払いの場面が比較的多かったように思います。

 

それでは、基礎的な具体例をもって説明します。

 

 

 

具体的事例から学ぶ

 

10年ほど前の実際のケースを紹介しましょう。

  • 請負業者:X社(従業員15名の小規模建設会社)
  • 発注業者:A社(大手ゼネコンからの2次下請けの小規模建設会社)

11月下旬、年末までの工事完了を予定している現場を複数抱えるX社は、A社から請け負った1500万円の建設工事に、天候不順による遅れが生じていました。

 

近隣住民の苦情などを鑑み、作業現場での残業が許されず、工員を増やすことで対応を重ねた結果、どうにか期限内に工事完了の引き渡しが済みました。出来高払いの最終分と完了後までの一部保留金清算の請求書を郵送し、あとは翌月25日払いの入金を待つだけです。

 

ところが、翌月12月25日の支払日の午後になっても入金の確認が取れません。当然、相手先へ連絡し入金の催促をしますが、先方のA社からは「こちらの入金が確認でき次第すぐに振り込みますから」と回答され、その後も入金の確認が取れません。

 

年末の気忙しさが焦りを一層に煽ります。

 

X社も工員を外注によって増やしたため、支払い件数と金額も通常より多く、期日も迫っていました。従業員がお正月を越すための給与や年末手当てなどもあります。

 

責任を果たすための生真面目さは、焦りによる余裕のなさと無知、そして主観に偏った自分の正義が合わさった時、高い確率で誤った判断になりがちです。

 

埒が明かない状況のまま29日になり、業を煮やしたX社の経営者は最終手段を講じるため、発注会社A社が管理している材料倉庫へと向かいました。そこで一時保管のため預けていた自社所有の材料の引き上げと、請求代金の一部を担保するために、A社所有の社用車や設備機器を預かることを担当者に強要し、自主的に「代物弁済」と称した債権回収を行いました。

 

(※代物弁済 とは、既存の債務で債務者が本来的に負担することとなっている給付に代えて他の給付をなすことで既存の債務を消滅させる債権者と債務者との契約。Wikipediaより抜粋)

 

以上のX社の経営者の判断と行動を、どう評価しますか?

 

冷静な状態ならば、他人事としてどのようにも評価できるものです。渦中において、焦りや危機感に煽られると、通常では考えられない行動をすることは、皆さんも身に覚えがあるのではないでしょうか。

 

何がいけなかったのか。

 

結論から申し上げると、X社の経営者がとった行動は、民事法に定められた「自力救済の禁止」に違反する行為です。さらには「商事質権」にもかかわるものです。

 

事前の契約や承諾を得ず、ましてや強要による回収行為であり、さらには自社の利益を優先するばかりに他の債権者の利益を著しく妨害する可能性のある行為は当然許されません。上記のようなケースでは、あとになってから脅迫罪や窃盗罪として刑事事件になることが多く、同時に民事としての慰謝料までも支払う必要が生じる可能性もあります。

 

たとえ、相手方の倉庫内の製品が自社所有のものであったとしても、客観性が担保されていない状態であり、たとえ契約などの手続きを経たとしても、事実として強要された状態ならばA社側から無条件に取り消しすることが可能です。

 

A社の代金支払いの債務不履行については、可能ならば第三者を交えた話し合いによる手続きを経るか、または法的条件に則った形で回収を図らなければなりません。

 

さらに、商事質権の観点からはA社が債権者となる場合の想定が必要です。

特に建設工事においては、X社のような請負業者側がいかなる場合も債権者になるかと言えば決してそうではありません。資材や作業員を発注業者側が請負業者に代わって手配している場合も非常に多いためです。

 

A社からX社への債権が生じていた場合は、A社は預かっているX社所有の材料を処分することで、債権の回収を図ることが可能です。今回の場合は、発注者のA社側からX社への代金支払い(債務)があるため、最終的には相殺の手続きが可能ですが金額によっては、X社が請求している金額よりもA社が立て替えている金額が多くなることもあり得ます。

 

何よりも、A社が管理している倉庫からの強要による自社製品の回収は、それだけにとどまらず、A社所有の社用車までを持ち出したことは、X社の経営者の気持ちは理解できますが身勝手であまりにも危険な行為です。

 

 

 

犯罪に人格は関係ない

 

X社の経営者は非常に穏やかな性格であり真面目で紳士な方でした。また、常識もある方でしたのでこのような行動をとってしまったことを不思議に思いましたが、実は特別なことではなく、金融業時代に接していた多くの経営者がこのような事態に陥ることも珍しくありませんでした。

 

今回のケースですが、結果的にはA社から被害届が出され、X社の経営者は残念ながら逮捕されました。

 

短い期間でしたが、留置期間を終え、その後裁判となり、罰金と前科を与えられて事件は終了。会社は存続したものの、当然A社との取引はなくなり、同業者からの評判も落ちる一方で業績は下降の一途をたどりました。

 

無知は救われない

 

知る権利について人はとかく主張します。しかしながら、権利の主張には同時に義務の履行が生じます。「権利の上に眠る者を法は保護しない」の格言にあるように、国、法律は成人の無知を保護しません。法律のもとで生活し、経営を行うならば知ることは権利であると同時に義務でもあります。ゆえに、「知らなかった」では済まされないのです。

 

まとめ

 

経営に携わるならば「成功」を願い、勢いをもって成長路線へと果敢に挑戦されることは理解します。ですが、「死なない」ための備えに時間と労力を惜しむことはバランスの欠如と言えます。

 

ここに触れた簡単な法務知識だけに限らず、財務及び税務の観点からも事業継続においては危機を想定した知識が必要不可欠です。それは経営の持続を担保するためのものであり、従業員の家族を守ることにもなります。

 

安心と安全は、従業員たちの会社に対する帰属意識を低下させないことにも関係し、現在の人手不足に対する有効な打ち手にもなります。人が集まらない状況では、少なくとも離脱させないことは守りを固めることと言えるでしょう。

 

小規模企業の場合は、代表者に取って代わる存在は不在です。

守りと攻めのバランスを考えた備えある経営で、より良い違いを創り出してください。

 

私たち、参謀リンクスの願いです。

 

参謀 青木 永一

 

このコラムの著者:

参謀青木 永一

参謀の特長
ベルロジック株式会社 代表取締役 経営学修士(MBA)メンバーの中でも、異色の経歴を持つ。 前職は、事業者向け専門の「ナニワの金融屋」であり、30代後半までの15年間の経験の中で、約500社を超える倒産と間近に関わってきた。 自称 マネジメント数学研究家(暇さえあれば、ビジネスと数学の交わり方をユーモアたっぷりに伝える工夫をしている)。